弊社概要

昭和22年(1947年)、高岡徳浜により創業した、令和3年(2021年)に世界自然遺産に登録された
徳之島・徳之島町亀津の商店街の一角にある国産ラム酒及び黒糖焼酎の製造・販売を行う酒造会社です。

正式に免許を取り創業したのは昭和25年(1950年)。会社の組織となってからは、息子である高岡善吉が初代となります。

昔は、味噌、漬物、焼酎を徳浜が製造していました。弊社の成果品は発酵技術によるものなので
高岡『醸造』という名前の由来になっております。

徳之島とは

当社の本社がある徳之島は鹿児島県に属し、鹿児島市から南西に約500km、沖縄本島から北東に約200km離れたところにある、
珊瑚のリーフに囲まれた美しい島です。
奄美群島にしか存在しない固有種の生物も多く、令和3年(2021年)に世界自然遺産に登録されました。
徳之島では、泉重千代さんや本郷かまとさんが生まれ育った『長寿の島』や
出生率が常に全国トップクラスの『子宝島』、
闘牛大会が開催されている各地の中でも「最も熱い!」『闘牛の島』とも言われており
観光開発はされていない豊かな自然と素朴な南の島の文化が味わえる数少ない希少な島です。

弊社ラム酒の歴史

黒糖焼酎造りの基礎を徳浜が作り上げ、お酒造りを息子善吉が引き継ぎ、
ラム酒の研究に打ち込み今の高岡醸造の発展の基礎を作り上げました。
初代・高岡善吉は、黒糖焼酎が生まれるルーツとなった黒糖酒に目を向け、昭和51年(1976年)からサトウキビの絞り汁を原料に酒を造る実験に傾倒しました。3年の試行錯誤を得て、黒糖をパパイヤから自社培養した天然酵母(高岡菌)で仕込む製法を確立し、
世界大戦後のラム酒製造としては、1979年から製造販売している「RURIKAKESU」が国産ラムの第一号である。(Wikipediaより抜粋)

2代目・高岡秀規(現社長)は、当時の「RURIKAKESU」の味に納得いかず、味への深みを追求し改良を重ねて「RURIKAKESU RUM」が完成させました。
現在では、酒税法の関係で「RURIKAKESU RUM」は終売し、「RURIKAKESU ホワイト」として製造販売しております。

そして、さらに味や風味の向上のために2種類の樫樽を導入し、当社のラム酒の原酒と沖縄の酒造会社の原酒をブレンドさせ、2種類の樫樽をから熟成させたラム酒をさらにブレンドさせたラム酒をお客様に楽しんでいただけるラム酒を製造するプロジェクトを計画しております。

黒糖焼酎

当社の創業当時の銘柄である「万代(まんだい)」という黒糖焼酎は、
「高岡のお酒を飲む人たちの、健康と幸せが末永く続くように」と願いを込めたお酒である。
協業化を目指した島内の6蔵が、昭和40年(1965年)に、共同出資して共同会社『奄美酒類』を設立。
現在は、4蔵で奄美酒類に黒糖焼酎の原酒を出荷しています。
また、奄美酒類を設立したと同時に各蔵の自社商品黒糖焼酎銘柄を終売した。
当社では、奄美酒類での共同瓶詰め体制に変わった今も、出荷用の段ボールには「万代」と記しており
創業時の精神が今もなお受け継がれています。

高岡醸造マップ